田中英夫先生への追悼文

ファジィ理論の世界的な権威である田中英夫先生が、平成24年5月15日に73歳で永眠されました。謹んで哀悼の意を表します。
田中先生をはじめて実際にお目にかかったのは、約20年前の名古屋で開催された日本ファジィ学会の大会でした。その時に発表しいたのがファジィ多変量解析についてと記憶しています。主成分分析をファジィ化するのに、その数学を平易に説明していました。デザイナーの私にとって、難解な多変量解析の数学はブラックボックスでよいと思っていましたので、その説明を聞いて目から鱗でした。高名な先生は本当に分かり易く説明すると実感しました。このことを契機に、数年経て「多変量解析の考え方」という数式で書いた入門書を上梓しました。田中先生の力ですが、多くの読者から分かり易いと高い評価を頂きました。
2002年に企業から広島国際大学へ移ると、仰ぎ見る田中先生が同じ学科の教授であったことは大変な驚きでした。田中先生がファジィ理論だけでなく、私が興味を持っていたラフ集合にも詳しいことが分かり、早速、教えを請いました。ラフ集合は、森典彦先生(元千葉大)が主査をする日本デザイン学会の研究部会で教わりましたが、原書から理解していないメンバーらでしたので、不完全な理解でした。後に分かったのですが、ラフ集合を日本に紹介したひとりが田中先生です(詳細は、拙著の「ラフ集合の感性工学への応用」の第1章を参照)。
ラフ集合を英文の原著論文から平易に説明して頂きました。また、田中先生の門人の乾口先生(阪大)も紹介して頂き、田中先生と森先生らと理論と応用のワークショップを数回開催しました。学会の中でもラフ集合研究が注目され、その成果を日本で最初のラフ集合の入門書「ラフ集合と感性」(森、田中、井上編、2004)でまとめ、刊行しました。この本は日本感性工学工学会と日本知能情報ファジイ学会の出版賞を受賞しました。今日ではロングセラーの教科書になりつつあります。
田中ゼミの卒研で区間分析の手法を用いたものがあり、その手法の斬新さに驚きました。特に感性工学やデザイン評価に適した手法であると感じました。是非、この手法を広めたいと思いましたが、解法に壁がありました。そのモデルを解くのに使用していたのが、プログラム化が難しい線形計画法でした。大阪府立大に優秀な助手がそれを試みたが挫折した話を聞き、一度は断念しました。
卒研では、エクセルのソルバー(線形計画法に近い解が求まる)で解いていたのですが、セルの中に式を入力すると言う大変な作業がありました。もしかしたら、これを自動的に入力して実行することはできるのではないかと考え、インターネット上の沢山の質問と検索を行いました。その結果、MS社の技術者向けの英文資料が見つかり、それを判読すると可能性が見出せました。悪戦苦闘の結果、区間分析を自動的に計算するエクセルのマクロが完成しました。それを用いていくつかの事例研究を行い、その有効性が確認できました。その頃、田中先生の本学の退職も近づいたことから、その記念として、区間分析の本を企画しました。刊行になったのは、退職後2年程遅れ、昨年の9月に「区間分析による評価と決定」を出版しました。残念ながら、これが田中先生の遺稿となりました。
田中先生は、若いときにファジィ集合を提唱したザデー教授の研究室にも籍を置きました。その後、人間のもつあいまい性の研究を長く続けられて、2010年7月下旬にバルセロナの国際会議(IEEE)で名誉ある「Fuzzy Systems Pioneer Award」を受賞しています。その受賞者にはザデー教授も連なり、その他、高名な先生方が受賞しています。そのような雰囲気を全く表さない優しい先生でした。私の人生の後半の研究の恩師です。最後に、本学を退職された時の元気な田中先生の写真を載せて、追悼文とします。